大人になったらもう一度見たい映画ランキング1位『劇場版ポケットモンスター ココ』

今日はポケモンの映画を見てきて、その話について。ポケモンの映画というと大体マジョリティにも浸透していて『夏』という印象がありますが、今年は忌まわしきウイルスのせいで冬に公開になりました。まあそんなことは置いておいて、ついに見てきましたよ。ココ。

予告を見る限りは絶対に感動するだろうな〜〜と思っていたのですが、その予想は普通に的中。なんとも素晴らしい映画で、わんさか泣きました。笑 もう泣きまくりです。ここからはネタバレも含むので、これから見に行く方はここでブラウザバックしてください。

この動画にもある通り、主人公は今回はサトシではなく『ザルード』というポケモンで、ジャングルの中にある神木を住処にするポケモンでした。そしてもう1人の主人公『ココ』はザルードに拾われて成長した自分のことをポケモンだと思い込む人間でした。

ここで考えさせられたのは、日本の扶養問題。やはり血の繋がっていない親子なので、顔も形も何から何まで違う。そしてポケモンと人間という種族を超えた事実上の親子関係だったので、技も使えないわけです。そうした違和感がいくつも重なり、そして最後にはココとサトシとの出逢いにより、ココも自分がポケモンではなく人間だということ。ザルードが親ではないことがわかります。

これは日本の現代社会でも普通にある話ですが、親近感のない人にとっては、感動的な話として捉えられてしまうのかもしれません。ここが今回は書きたい内容です。

映画は見る人の立場によって感じ方が違うという話

今回の映画、僕はまだ父親という立場ではないので、ザルードのことを『他人』として、見ていましたが、おそらく劇場にいた多くの父親はもっと別の感情を抱いたように思います。そして母親も。母子家庭だったら?自分がもし引き取られた子供だったら?いろいろ考えさせられます。つまり、このココという映画はあらゆる立場の苦悩を描いた物語でした。

こういう内容の映画は世の中には多いと思います。例えばクレヨンしんちゃんなんかはまさにそうで、母親であればあるほど、みさえに感情移入するし、父親であればあるほどひろしに感情移入する。これは当たり前なんですが、そこで止まっていては自分の苦悩をわかって欲しい人!みたいな感じになってしまいます。

つまり、人間という生き物は自分の立場とかからしか物事を考えられないようにできています。残念なことに。だからこそ、こういった映画は自分が自分自身を定点で観測して見てこそ、わかることがあります。あの時はこう思っていたが、今の自分はこう感じる。その経験を書き記して、自分自身で変化を体感することが、1番の自己分析だと思っています。

ぜひみなさんにも、今の立場があると思いますが、ココを見ていただき、価値観の定点観測をして見てほしいです。

題に記した『大人になったらもう一度見たい』というのはそういう話です。笑 今の自分の立場だから感じることはあるし、その立場になって見ないとわからないことがたくさんあります。それをぜひ、みなさん体験して見てください。。