人生について考えてみた

今年で僕は24になるのですが、どうやら社会的にみるとレールから外れた人生を歩んでいるようで、どうしたら自分のこれまでの道とこれからの道が一直線になるのかを考えています。

僕は今とても意識が低い人になっています。基本的に自分の周りには年下しかいなくて、先輩風を吹かせながら生きているダサいやつのように思います。意識は高いかもしれませんが、どこかつまらない日常です。こんなところで満足していていいのだろうか、、と。

彼女と遊ぶのはもちろん楽しいし、塾で高校生と遊ぶのも楽しいし、教えるのも楽しい。けど、次元的な向上が何もできてないわけです。30で俳優になるというビジョンに向けて、なにかしら進めているわけですが、なんともうまく表現できない。

僕の周りに集まっているのはとにかく、僕に何かを求めている人。僕は今何も求めずに生きている。強いて言うなら食欲と性欲と睡眠欲くらい。果たしてそんな人生で楽しいのだろうか。僕はもっと刺激的な日常が欲しいはずで、刹那的な瞬間は日常にならなくても良いはず。だけど、今はとても毎日が刹那で、憂鬱だ。

別に鬱になっているわけでもなく、なんなら何もしなくてもただ機械のように生きていても月に30万くらいは振り込まれる人生です。他の人からしたら幸せかもしれないですが、何がそうさせているのかは僕にはわからないが、収入が0だったあの時の方が輝いていた。

僕は老害になったのだ

とても悲しい現実だが、本当に老害の生き方をしている。23年という短い時間を美化し、人に話し、勇気付けることをなりわいとしている。でもそんなことをしたいわけではなく、もっと未来に向けた話をしたいわけで、文化資本とか経済動向とか、そーゆー人と話がしたいのだ。できてない。それなのに本当に今の生活を幸せと呼べるだろうか。いや、そんなことはないはずだ。

もっと別の環境を求めないことには僕はこのまま落ちていくだろう。今日ちょうど阪大の准教授とのアポイントがあるのだが、それが僕の今できる最大のアクションで、それ以上はなにも思い付いていない。雑魚。

もし老害になっている人がいたらこの記事をぜひみて欲しいなあと思いつつ、まだまだつらつら書いていきますが

僕の周りにはキラキラしているやつが多い。就職してキラキラしているやつ。起業してキラキラしているやつ。無限だよ本当に。きらきらしているを言語化した時に

・ビジョンが進んでいる感

・優秀な先輩に恵まれている感

・毎日予定が埋まっている

というのが言語化できたポイントだった。これを理解したらちょっとスッキリ。僕は今ビジョンが進んでいない

○人の頭をよくする

○俳優になる

○教育改革をする

この3つに対して何も進んでいない。これを進めるための動きをしないといけない。だからまずは自分の頭を良くして、俳優になるためのレッスン→声楽や踊りなど、をして教育改革に携わる何かを作る

これが僕のやるべきことなのだとわかりました。だらーと書きましたが、なんの取り止めもないことなので、もっとリアルを進めていこうと思いました。

頑張って世界良くするぞー!